MORAKNIV UPBRINGING
スウェーデン中部のモーラ地方は昔から痩せた土地で農作物があまり取れなかったので、豊富にあった木材と鉄を利用して家具などが盛んに作られ、作業に必要な道具としてナイフも作られるようになりました。1600年頃には切れ味の良いナイフが作られることで有名な地域となり、1891年にモーラ地方の郊外で後のモーラナイフの最初の工場となる会社が設立されました。
職人たちの手で伝統的に受け継がれてきた鋭い刃と握り易いグリップとを量産して組み合わせることで質の高いナイフを生み出すことに成功。赤い樺材で作られた印象的なグリップのナイフは現在でもナイフと言えばスウェーデンの多くの人がこのクラッシックモーラナイフを想いうかべる程、シンボル的な存在になりました。2005年には系列の2つの会社が合併してMora of Swedenとなり、創業125周年を迎える2016年にブランド名であるMoraknivを正式に社名といたしました。その品質はスウェーデン国王からも高い評価を受け、スウェーデンを代表するメーカーのみに与えられる王室御用達の認定を受けています。
1891-1901 1891-1901
MORAKNIVの原点
1891年、FROST=Erik Erssonは4年間木こりとして働いた後、故郷であるモーラ地方のエストノールに帰ってきました。帰国後、そりや馬具をつくる輸送具工場を開設しましたが、そこでは馬耕具や木こりの道具、また工場の作業場で使われるナイフなども製造していました。まさにこれが後の商標である「モーラナイフ」の原点だったのです。
1901-1911 1901-1911
伝統と豊かな資源
幾つかの有名なナイフメーカーは既にエストノールに拠点を構えていました。そこでは伝統的に手作業が中心で原材料も豊富にあったので、古くから製鉄や金属加工が盛んに行われてきました。
1911-1921 1911-1921
Eriksson&Mattssonsナイフ工場
Krang Johan Erikssonは十代の頃働いていたFrostsのナイフ工場でナイフの基本的な作り方を学びました。しかしながらKJは上司とそりが合わず、口論の後で文字通り職場から放り出されてしまいました。1912年にKrang-Johan ErikssonとLok-Anders Marrssonがナイフ工場を設立し、Eriksson&Marrssonsナイフ工場と名付けましたが、この会社こそが後のモーラ オブ スウェーデンになる会社だったのです。
1921-1931 1921-1931
赤い持ち手のナイフ
時が経つにつれて、特徴ある赤い持ち手部分はエストノールで作られたナイフである事を示す目印のようになりました。この持ち手部分はマホガニーのように見えるよう、ニスを塗る前に赤みがかった塗料で染められたものでした。
1931-1941 1931-1941
5つの美しいナイフ
独創的なナイフの作り手として有名だったWit-anders Erssonは1920年代から1930年代にかけてErik Frostのもとで働き、Frostsナイフ工場名義でサイズの異なる5種類の一連の美しいナイフの生産を始めました。
1941-1951 1941-1951
地域の発展と歴史
家内工業はエストノール地方の生産の原点であり将来の成功をもたらす要因の内の一つでした。この時期の数十年の間、家内工業の発展がこの地域の産業の歴史の中で非常に重要な側面でした。
1951-1961 1951-1961
プラスチッックハンドル
KJ Erikssonsナイフ工場は、現在も人気あるプラスチックハンドルのスカウトナイフを作っていました。当時はプラスチックはこの時代の新しい原材料であり、プラスチックハンドルナイフは木製のハンドルのナイフよりも高価なナイフとされていました。
1961-1971 1961-1971
Frostsナイフ工場
FM Mattssonのナイフ「650」は1955年から鞘にハンティングのモチーフのエンボスを加工した模様がありましたが、これは今日の「エクスクルーシブ345」にも見られます。現在のナイフのラインナップはFrostsナイフ工場のラインナップに大きな影響を受けています。
1971-1981 1971-1981
The Wilderness Blade
この時期、モーラナイフは突如として普通とは違う状況に陥りました。木製ハンドルと革製の鞘が共にプラスチック素材との競争に巻き込まれてしまったのです。1976年にはErikssonnのナイフ工場が「510」というモデルにプラスチックはんどを導入しました。それから30年くらい後にアメリアの「Field&Stream」誌でアメリカのアウトドア愛好家達からこのナイフは「The Wilderness Blade」と呼ばれるようになった
1981-1991 1981-1991
食肉用ナイフの成功
アメリカで世界最大規模の牛肉加工会社のアイオワビーフパッカーズ社(IBP)から手になじんで使いやすい食肉用のナイフの発注を受けたことが、KJ Eriksson社にとって大きな転機となりました。用事IBPではナイフのハンドルが滑りやすいデザインである等々の原因により作業中のけが人が多く、長い間頭を悩まされた問題でした。KJ Eriksson社はIBPとともに適度な摩擦により滑りにくい手にフィットし易い新しいデザインの持ち手を共同開発し、すぐにその効果があらわれて大成功をおさめました。
1991-2001 1991-2001
彫刻刀ナイフ712セット
熟練工から持ち手の滑りにくいナイフを求める声は1990年代頃から増えてきました。そうした持ち手と彫刻刀の刃を組み合わせた彫刻刀ナイフ712セットは競合他社もこぞってまねをする程の新しいスタイルのナイフとなりました。
2001-2011 2001-2011
モーラナイフのこれから
創意工夫や豊かな資源、長い間培われてきたクラフトマンシップ、新しい愛で座やトレンドに対する聞かれた視点などを通じ、モーラ・オブ・スウェーデン社は120年以上もの間、困難と挑戦に打ち勝ってきました。そしてこれからモーラナイフはスウェーデンをはじめ世界中で新たな高み立ち続ける事でしょう。
2016 2016
モーラナイフ125周年
記念すべき125周年を迎える2016年1月1日より、社名をMorakniv AB に変更しました。